前回は2025(令和7)年度における神奈川県の建築設計と建築一式工事について、競争入札の落札結果を詳細に見ました。少し気になるのが前々回で示した2024(令和6)年度における横浜市の競争入札結果です。気になった部分は件数が少ないこと。そこで2025(令和7)年度の競争入札結果についてAIに依頼しました。
結果は2024(令和6)年度と方向性は一緒でした。2025年度の建築設計は最低制限価格率が前年度比で0.3ポイント上昇し、応札者数も0.3社増えましたが、落札率は0.88ポイント下落しました。建築工事は、最低制限価格等率が0.17ポイント上昇し、落札率も0.65ポイント上がりました。応札者数は1.8社減りました。2024年度と2025年度で最低制限価格率や落札率に大きな差異は見られませんでした。ただ、建築工事の応札業者数は令和6年度に比べ令和7年度は39%も減少しています。それでも落札率は0.65ポイントしか上がっていません。

結果として神奈川県と横浜市の分析に基づけば、第4回の文章でAIが示していた「最低制限価格は相場を引き上げる仕組みではなく、底が抜けるのを防ぐ仕組み」ということが、2自治体の比較ではありますが明確になりました。
自治体ごとの落札率の違いは各自治体が設計している「入札制度のパラメータ(算定式・上限設定・ランダム係数・再入札ルール)」というシステムの違いによって引き起こされていることになります。
全国データ(令和6年度)を見ると、建築コンサルタントの平均落札率は、都道府県で79.7%(青森県)〜93.7%(北海道・新潟県)、指定都市で79.3%(岡山市)〜95.1%(北九州市)と、約15ポイント(都道府県14.0ポイント、指定都市15.8ポイント)もの差が開いています。さらに広島県(工事92.2% vs 建築設計93.3%)、仙台市(工事91.6% vs 建築設計94.0%)、北九州市(工事91.2% vs 建築設計95.1%)のように、建築設計が工事の落札率を逆転している自治体すら存在します。「都市部か・地方か(設計事務所の多い・少ない)」という地理的・市場的要因にも影響を受けていないように見えます。
全国データ(都道府県シート)を集計すると、非常に興味深い事実が浮かび上がります。建築コンサルに最低制限価格制度を「導入している」42都道府県の平均落札率は87.64%ですが、最低制限価格制度を「未導入(低入札価格調査制度のみ)」の5県(宮城・長野・鳥取・広島・福岡)の平均落札率は90.56%です。最低制限価格を入れない方が落札率は高くなっているのです。床を入れなかった県は、入れる必要がなかった県であり、参加業者が限られ、叩き合いが起きていない。だから落札率が高いと考えることもできます。
床が効いているかどうかは、床と落札額の距離を見れば分かります。横浜市の建築工事では、競争が床まで価格を押し下げ、落札額の中央値は床のわずか0.4%上で、8割の案件が床の1.02倍以内に収まっていました。床が実質的に落札価格を決めている状態です。建築設計は床から11.6%上にあり、床に触れているのは2割以下でした。
市町村を調べれば異なる可能性もありますが、都道府県や指定都市などの大規模な自治体においては自治体が定めた入札制度のパラメータ次第ということになりました。
ただ、このパラメータに当たる部分にも、私は違和感を持つところがあります。それは横浜市のデータでは、最低制限価格等の設定率が建築工事93.13%に対し、建築設計77.49%(格差15.64ポイント)、神奈川県でも建築工事92.14%に対し、建築設計81.00%(格差11.14ポイント)となっています。 なぜ同じ自治体がここまで露骨な差をつけるのかといえば、算定式の係数設定に原因があります。
予定価格の算定式
建築工事(中央公契連モデル)
予 定 価 格 = 直接工事費+共通仮設費+現場管理費+一般管理費等
最低制限価格 =(直接工事費×0.97)+(共通仮設費×0.90)+(現場管理費×0.90)+(一般管理費等×0.68)
建築設計(平成16年6月10日付 国官会第367号)
予 定 価 格 = 直接人件費+特別経費+技術料等経費+諸経費
最低制限価格 = (直接人件費×1.00)+ (特別経費×1.00) + (技術料等経費×0.60) + (諸経費×0.60)
各項目の内容が違うので正確な比較はできないのですが、一般的な構成比で建築工事の直接工事費は60%~70%(材料費や下請施工費など実費)、共通仮設費・現場管理費は20%~25%(現場代理人の人件費や仮設物など)、一般管理費等は10%~15%(企業の本社経費など)と言われています。つまり工事は費用の大部分を占める「直接工事費(材料費や下請施工費)」は97%が保護されます。一般管理費も68%が算入されます。
設計業務は、原価のほぼすべてが「建築士・技術者の人件費(頭脳労働)」と「事務所を維持する一般管理費・諸経費」です。直接人件費は業務量(人・時間)×職種別単価、特別経費は出張旅費や特殊調査などの実費、技術料等経費は(直接人件費+諸経費) ×技術料率(15~20%)、諸経費は直接人件費×1.10(事務所の家賃や通信費、総務管理費などで直接人件費の110%相当)ですが、技術料等経費と諸経費は最低制限価格の設定時で60%だと40%も切られます。
工事や業務ごとに異なるので、ざくっとした数字ですが、建築工事は構成比で最大の約70%を占める直接工事費が97%保護されます。建築設計は構成比で最大の約46%を占める諸経費が60%に切られ、しかも満額保護される直接人件費は約41%しかありません。この積み上げの差が、最低制限価格等率93%と77%という16ポイントの開きになります。
さらに工事は原価の89%が0.9以上の率で守られ、切られるのは1割だけ。設計は守られるのが4割で、6割が一律4割カットされます。建築工事は「ほぼ全部を守り、利益部分だけ少し削る」設計になっているのに対し、建築設計は「人件費の実働分だけ守り、残りは一律で切る」という思想がまるで違う組み立てになっているように見えます。第3回目の投稿で、「工数比例(用途と面積で決まる人・時間数 × 時間あたり人件費)」と書きました。結局、建築工事も建築設計も「歩掛積算」ですが、工事は単価を上げても予定価格全体への波及が限られるので、算入率(係数)を動かしています。
私の記憶だと工事は3分の2から10分の8.5までで始まっています。最近までに何回も引き上げが行われていたように覚えています。これをAIに確認してもらいました。
平成20年4月の時、直接工事費は1が0.95に減りましたが、一般管理費が加わりました。これによって最低制限価格率(国は低入札価格調査基準)は約78.6%(ただし上限85%、下限66.7%の範囲内)から、約83.3%に引き上がりました。令和4年4月の段階で約92.8%になっています。横浜市における建築工事の最低制限価格率と、ほぼ一致します。

一方で、建築設計(建築関係コンサルタント等)はどのように変化を遂げてきたのか?残念ながら、ほとんど変化していません。算入率は20年以上何も変わっていません。設定範囲だけ上限が引き上げられました。

これは業務全般で同じだと思われるかもしれませんが、違います。土木関係建設コンサルタント等、測量業務、地質調査業務、補償関係コンサルタント業務のいずれも算入率は引き上げられました。




「資材などを買う費用は97%守るが、知恵(設計者の技術・頭脳と事務所の維持費)は40%カットしても品質に問題ない」と行政のシステムが宣告しているに等しい状態です。設計は単価か標準業務量を上げれば、業務価格が比例してそのまま上がります。だから算入率を引き上げなかったのかとも思えますが、同じように直接人件費の倍数で業務価格が決まる構造だと思われる「土木」や「補償」は、算入率が引き上げられています。測量は工事に近い構造で地質調査は純粋な工数比例とは言えないと思います。ただ、建築設計だけが「蚊帳の外」に置かれているように感じます。
施工会社には、「下請けへのしわ寄せ防止・賃上げ原資の確保」として最低制限価格等を予定価格の93%前後まで引き上げてきた一方で、意匠設計事務所が構造設計や設備設計の協力事務所に支払う外注費や所員の給与が、予定価格の2割を超えるカットでどう圧迫されるのかが完全に無視されているように見えます。
建築設計は、材料のように市場で価格が形成されるのではなく、発注者側の積算単価が事実上唯一の基準です。しかもそれは契約後の実支払いを拘束しません。材料や機械経費は削れませんが、労務費や人件費は削れます。
工事で直接工事費×0.97としていても、落札者が実際に材料費を満額使う保証はありません。ただし材料は買い叩けないので結果として想定どおりになります。市場が保証しているわけです。設計では直接人件費×1.00としていても、同じように保証はありません。そして人件費は削れるので想定は簡単に崩れます。誰も保証していません。
つまり、人件費の比率が高い業務ほど、床の水準そのものを高くしないと算入率は意味を持たないと思います。ところが実際は逆で、業務価格が直接人件費の倍数で決まる建築設計は、国官会第367号に並ぶ5業種区分の中で最も低い位置にあるように見えるのです。
【続く】


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